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2012年03月16日(金)

綱敷天満宮の梅の花♪

先日ママとばあばと椎田の綱敷天満宮に梅の花を見に行ってきました
ずっと行ってみたかったのですが、やっと今年初めて行けましたよ
070.jpg
晴天に恵まれて、最高のお花見日和です
綱敷天満宮の境内に入ると、梅の花の香りがすご~い

桜と違って梅には梅の素晴らしいところがありますね
いろんな花の色があって、色とりどりで楽しい
011.jpg
香りもむせかえるような芳香ではなく、上品な香り
・・・ママはむせかえる程のバラの香りも大好きだそうですが。

平日だけど、梅の花を見にいらっしゃってる方も多かったです
それでも今年は例年よりかなり遅咲きになったので
参拝者の数もばらけたかなあ???
028_20120314172547.jpg

境内の右奥にはお稲荷さんを祀っていました・・・
お稲荷さんと言えばこの連続した赤い鳥居ですが、
赤い鳥居と梅の花のコントラストがまた綺麗ですね♪
068.jpg
・・・ってゆ~か、あれ???
なんで天満宮にお稲荷さんがいらっしゃるんだろう???

ブログを書きながら疑問に思ったので、ちょっとウィキってみたのですが・・・

まずは綱敷天満宮の説明をそのままコピペ:
「築上町(旧:椎田町)の浜の宮海水浴場の近くにある綱敷天満宮は菅原道真ゆかりの天満宮である。昌秦四年(901)左遷された菅原道真が大宰府に赴く途中暴風にあいこの浜にたどり着かれた。その時に漁船の網の綱を敷いて休んでもらった。そして村人はこの地に黒木の休所を造り、菅公はここでしばらく休養され筑紫に向かわれた。その後天暦九年(955)神託があり国府の命により社壇が造営され、船の綱を敷いて迎えた故事により『綱敷天満宮』と称された。
その後寛永十四年(1634)に豊前主小笠原忠真、豊後国主木下延俊両公によって現在の社殿が造営された。
この綱敷天満宮は梅を愛した菅原道真が主祭神となっており、社殿の周辺には約1000本の梅の木が植えてある。2月中旬~3月上旬にかけて見頃となり例年2月25日は梅祭大祭が催される。」

まあ、つまりは天満宮ってのは菅原道真公を祀った神社で、綱敷天満宮はその一つ。
で、道真公が梅が好きだったから天満宮には梅が植えられている・・・と。

でも、ここの綱敷天満宮とお稲荷さんの関係は見つからなかったのですが、
天満宮の本社の太宰府天満宮にもお稲荷さんが祀ってあるそうで、
神戸の綱敷天満宮にもお稲荷さんが祀ってあるみたい・・・

う~ん、何か関係があるのかなあ???

あ、ちなみに太宰府天満宮は
その場所に道真公を祀る以前からお稲荷さんが祀ってあったそうです

太宰府天満宮がその場所に決まった諸説の一つに
道真公のなきがらを乗せた牛車がそこで止まって動かなくなったというのがありますが
以前から祀られていた天開稲荷社が何か関係があったのではないかという説もあるそうです。

なんだか、奥が深くていろいろ知りたくなりますね!
梅の花だけじゃなくて天満宮やお稲荷さんのいわれなどもよく見ておけばよかったなあ・・・




のほほ~んと梅の花見をした模様はもう少しだけつづきます♪
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